富山地方裁判所 昭和28年(ワ)201号 判決 1955年3月08日
原告 富山交易株式会社
被告 新報国製鉄株式会社
主文
被告は、原告に対し、金七百六十七万二千九百二十一円とこれに対する昭和二十九年十一月十八日から支払ずみに至るまでの年六分の率による金員を支払え。
訴訟費用は、被告の負担とする。
右判決は、原告において、その執行前金百五十万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決と仮執行の宣言を求め、請求原因として、つぎの通り述べた。
一、被告会社は、昭和二十八年十二月七日、商法第二編第四章第七節の規定による整理会社となり、同日冒頭記載の管理人の選任があつたものであるが、原告会社は、昭和二十八年三月二日、被告会社に対し淋代砂鉄の見積書を交付し、被告会社は、これに対し同年同月十七日口頭で三千屯を買い受ける旨申し入れ、かつ、その受渡は高山線西富山駅貨車乗り渡、代金九百七十五万円、但し標準鉄分五十四パーセント、水分五パーセントまでを許容限度として、屯当り金三千二百五十円とするが、鉄分一パーセントの増減毎に単価五十円を増減し、水分一パーセントをさらに増す毎に単価十五円八十銭をさし引く旨約定し、また、右受渡や売買代金の支払について、被告は、同年四月、五月、六月の毎月千屯ずつとして、各月初めに、原告支払の運賃にも当てるため、一千屯分ずつの二分の一にあたる金百六十二万五千円を各九十日後を満期とする被告振出の約束手形で前払し、さらに、荷渡後検収済の分の代金半額を同じく九十日後を満期とする約束手形で支払をなすことに合意が成立した。
二、それで原告は、右約定にもとづいて左の通り合計二千四百三屯四百十瓩を被告に売り渡し、左の通りそれら代金を請求した。
引渡検収済の日
売却済数量
代金額
屯当り単価
代金請求の日
昭和二十八年四月十三
日から五月二日まで
四五八屯一六〇
一、四五九、〇三四円
三一八四円五五銭
昭和二十八年
五月八日
五月四日から同月二十一日まで
一、二七二屯三三〇
四、〇五七、六九四円
三一八九円一〇・五銭
五月二十六日
五月二十二日から六月四日まで
五三二屯三六〇
一、七〇五、六八七円
三二〇四円〇一銭
六月十日
六月九日から同月十三日まで
一四〇屯五六〇
四五〇、五〇六円
三二〇五円〇八銭
六月十七日
合計
二、四〇三屯四一〇
七、六七二、九二一円
なお、右各代金請求の他に、原告会社は、被告会社に対し、同年五月中旬と同年六月、七月の三回に亘つてその支払を求めた。
そして、同年七月十七日書留内容証明郵便で被告の代金不払を理由として前述の取引契約を解除する旨の意思表示をなし、その郵便は同月十九日被告会社に到達した。
三、したがつて、前述の売買契約は同日適法に解除せられ、被告は原告に対し前陳の引渡を受けた淋代砂鉄を返還すべき義務を有するものであり、それら砂鉄について、すでに原告が処分禁止の仮処分を得ていたのであるが、被告は、その整理決定によつて、右仮処分は効力を失つているとして、その後これを費消し、その返還は不可能となつた。それで、右砂鉄に代る損害賠償として、前述の代金相当額金七百六十七万二千九百二十一円とこれに対する右損害の発生後である昭和二十九年十一月十八日からその完済に至るまでの商法所定の年六分の率による遅延損害金の支払を求めるものであると。
四、なお、被告の抗弁について、
(イ) 被告会社に対する前述の整理開始に当り、被告会社が昭和二十八年十二月七日までの原因に基いて負担した一切の金銭債務(但し従業員との雇傭関係によつて生じたものを除く)の弁済をしてはならないとの決定がなされているが、右損害賠償金債務は被告がその整理開始後にこれを使用し操業したことによつて生じたもので、いわゆる新債務に属し、右の決定にいう金銭債務ではないから、即時支払の請求をなすことができるものである。
(ロ) また、原告が、被告主張の金百六十万円を受けとつたことは認めるが、右金員については、これを原告から被告に対する他の売掛代金債権の弁済に充当することに合意が成立しているものであり、その余の被告の抗弁はこれを否認すると。
<立証省略>
被告訴訟代理人は、本件訴訟を東京地方裁判所に移送するとの決定を求め、その理由として、被告の普通裁判籍が東京都中央区にあるから、本訴は東京地方裁判所の管轄に属するところ、被告会社は東京地方裁判所昭和二十八年(ヒ)第一五一号事件で同裁判所から整理開始を命ぜられた整理会社であるから、各工場の債務、財産等すべて直接間接に同裁判所の任命した管理人の管理下にあり、同裁判所に繋属審理せられることが便宜にかない、また右次第で東京地方裁判所が被告に対する本訴について実質上の専属管轄を有するものとも解し得るから、同裁判所へ移送を求めると述べ、
右異議をとゞめて
原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁抗弁として、次の通り述べた。
原告主張の請求原因の一、二の事実を認める。三の主張を否認すると。
そして、被告会社は、昭和二十八年七月十四日その支払を停止し同年八月十七日東京地方裁判所に会社整理の申立がなされ、同年十二月七日整理開始の決定があつた。そして、商法第三百八十三条第二項の規定は、破産法、会社更生法等の規定の趣旨から考察して、会社の支払停止後は、会社財産に関する契約解除はその効力を停止するものと解釈されるが、本件においても、すでに整理開始決定を得るに至つている以上その効力は停止されているものと解さねばならない。
また、被告は、右支払停止の当時、すでに莫大な債務超過におちいつており、仮りに、原告主張の砂鉄代金を支払うとすれば、それは、直ちに他の債権者を害することは明かで、他の債権者に対する関係で詐害行為となるわけであるから、被告は、さような弁済行為を控えるべき義務を負うものと思料するので、右砂鉄代金支払について催告をうけるも、これが弁済をなさないことに違法性がなく、したがつて、被告には、右代金不払について遅滞の責に任ずべき限りでなく、原告の解除は無効のものと言わねばならない。
さらに、仮りに、右解除が有効であるとするも、右売買契約は継続的供給契約であつて、その代金債務が可分であるところ、被告は右砂鉄代金として金百六十万円をすでに一部支払ずみであるから、その限度で解除は無効である。
つぎに、被告は、昭和二十九年三月、原告との間に右砂鉄を被告において消費し、かつ、その代金支払については別途これを話し合うとの合意が成立していることから、原告の損害賠償の請求は失当であると。
<立証省略>
理由
被告の移送の申立について、被告は、本訴が実質上東京地方裁判所の専属管轄に属すべきものであると主張するも、右専属管轄については成文による規定のない以上、これを専属管轄による事件とすることができないものと解すべきであり、また、裁判の便宜上、同裁判所に移送すべしとする主張についても、被告が異議をとゞめてなした答弁によると、原告主張の請求原因たる事実の全部を認め、その法律効果について、関係法条の解釈を争うものと認められるのみならず、その抗弁として主張するところも、しよせん、法条の解釈を骨子とするものであることが認められ、また、後刻主張の抗弁事実についても、その証拠方法たる証人が富山市内に居住していることが認められるわけで、その審理の遅滞又は損害を避けるためこれを東京地方裁判所に移送する必要を認めがたく、前示申立を却下するを相当とする。
つぎに、本案について、原告主張の請求原因事実については、その解除の効力と損害賠償の点を除いては、当事者間に争いがなく、まず、右解除の効力を、被告の抗争するところに対し順次判断をなして考察する。
被告は、整理開始の決定のあつた株式会社に対しては、原告主張のようなその債務不履行に基づく契約解除の効力は停止される旨主張するが、株式会社の整理開始の効果として、その様に解すべき理由を見出しがたく、右主張を採用することはできない。
また、被告は、その債務不履行について、違法性がなく、したがつて、被告に遅滞の責は帰せられず、それを前提とする解除は無効であると主張するが、債務の履行行為が債権者取消権の対象となる場合にも、その債務の履行行為としてその違法性(仮りに詐害行為が違法性を有するとするも)は阻却されるものと解せられるのみでなく、詐害行為自体は、一の法技術的な観念であつて、債権者の利益のため、特定の要件を充足する債務者の行為を、債権者において取消すことができるとするものに過ぎないと解すべきであるから、かゝる主張もまた理由のないものとして採用することはできない。
さらに、被告は、右取引代金の一部百六十万円はすでに支払ずみであると主張し、右金員の授受のあつたことは原被告間において争いのないところであるが、証人貴堂博、松山清の両証言によると、右金員の授受当時、被告は原告に対し別に螢石、チタン砂鉄等の代金債務をすでに負担していたことが認定でき、右貴堂博の証言から右授受金員はその債務に合意充当されたことが認定でき、これに反する右松山清の供述部分は信用することができず、右主張もまた採用することができない。
つぎに、被告は、昭和二十九年三月頃原告と本件砂鉄の消費やその代金支払について、別途協定すべき約定が成立したとも主張するが、かゝる事実を認定できる証拠もない。
したがつて、本件売買契約は、原告主張通り解除せられたものと認めるべきで、被告は、前示引渡をうけた淋代砂鉄を返還すべき義務を有するものとする。
しかるところ、被告が右淋代砂鉄をその整理会社の決定のあつた後消費するに至つたことは前示各証言からこれを認定できるので、被告は、これに代る損害賠償金を支払わねばならないが、被告会社に対しては前示会社整理の決定とともに被告会社が昭和二十八年十二月七日までの原因に基いて負担した一切の金銭債務(但し従業員との雇傭関係によつて生じたものを除く)の弁済をしてはならないとの決定があつたことは原告の自陳するところであるも、右淋代砂鉄については、原告がその代金や利息のため動産売買の先取特権を有した関係にあり、かつ、前示各証言から原告が昭和二十八年七月右砂鉄に対する処分禁止の仮処分を得ていたことも認定できることから、それにもかゝわらず、被告によつて前示の通りこれが消費のあつたことに基ずく右賠償金の支払は、右決定にいう金銭の弁済に該当しないものと解するを相当とする。それで、前示当事者間に争いのない本件砂鉄代金に相当する金七百六十七万二千九百二十一円とそれに対するその損害発生の後である昭和二十九年十一月十八日からその完済に至るまでの商法所定の年六分の率による遅延損害金の請求はまことに正当にして、これを全部認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を各適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 西岡悌次)